小筆文字が得意になる!小筆の使い方

 日本の伝統文化の一つである書道は、単に美しい文字を書くだけではなく、書き手の心を表現する道でもあります。筆の使い方一つ一つに、書き手の心理や感情が反映されるため、自己表現の手段としても書道は非常に魅力的なものです。

 

 しかし、筆の使い方が間違っていれば、どんなに素晴らしいイメージを抱いていても具現化することはできません。太い線や細い線、強い線や柔らかい線、筆の角度や速さ、これらを自在に操れるようになれば、文字の表情を無限に変えることができるようになります。

 

 ここでは、その筆の使い方について、「正しい筆使いとは何か」や基本的な注意点について、初心者向けの心得を記しています。

 

 

1:正しい筆使いって何??

 ボールペンや鉛筆など硬い筆記具になれていると、毛筆もその調子で書いてしまいがちです。しかし、あなたの命令通りに表現してくれる硬い筆記具とは逆に、毛筆の場合は常にそのご機嫌をうかがう感覚を持って書かなければ適切に操れず、汚い線にしかなりません。毛の束の状態をどの程度把握できるかが、筆使いの理解度となります。

 

 テキストや動画を見ても、具体例で字形の特徴、線の角度、線と線の間隔などを説明されるだけでなんかしっくりこない、実際の上達につながっている実感がわかない、そんな風にお思いの方も多いのではないでしょうか。

 

 おそらくその原因は、毛筆書きで最も難しい部分、すなわち「筆使いをいかに理解していくか」にそれらのテキストや動画が触れられていないからだと思います。私が初心者だった頃の感覚を思い出すと、当時最も謎で苦しかったのが、筆使いでした。筆を方向転換させたり回転運動させたりすると、順調に書けていた線がとたんに不安定な線、粗雑で見苦しい線へと変化してしまうのです。字形とか、線の隙間を均等にするとか・・・そんなことをいくら教わっても、筆使いの理解にはつながりません。

 

 

正しい筆使いの明確な答えはない!?

 では正しい筆使いとは何なのか。それを明確に説明することは非常に困難です。なぜなら、一生かけて書家が究明していくようなものだからです。書家ですら四苦八苦しながら延々と試行錯誤していることです。最終的には偶然性にも頼ります。それほど筆使い、筆運びといった、毛筆を操る行為は難解なのです。

 

 とすると、習字の先生が、「ここの筆使いはこうです」と断定的に言う解説というのは、実は「こんな感じだと私は今のところ信じている」という話なのです。その解説の正否はその先生の境地次第であり、間違っていることもあるわけです。

 

 書道教室の先生が、「空海の筆法はこうです」「王羲之の筆使いはこうです」と朱墨で手本を書きながら解説するかもしれませんが、解っているはずがないのです。遥か雲の上の技量で書かれている書です。筆の扱い方を正確に見抜いて解説するなんて、無理なのです。もし正確に見抜けていたら、同等のオーラや貫禄のある書を書けるはずですが、誰も書けないわけです。書道教室の先生でも、書籍に登場する専門家でも、書道の大学教授でも同様です。その先生の境地で見えた仮説を述べているだけなのです。

 

 習字や書道において先生という存在は、何か明確な答えを知っている達人ではなく、あなたと比べれば理解度が高い可能性があるというだけです。先生も、専門家も、実はわからないことだらけなのです。

 

 

正しい筆使いの習得方法1

 正しい筆使いがどういうものなのかを説明することは困難である一方で、正しい筆使いの習得方法は明らかなのだろうと思います。昔の名人が書いた墨書を見て、実際に真似て書くのです。「今回は上手く書けたと思うから、この筆使いは正しいかもな」という感覚を自分自身で積み上げていくことが大切なのだろうと思います。その際、解説や手本といった第三者の仮説を全て無視して、名人の原本のみを信じるという学び方が、真の理解へ繋がる道だと私は思います。

 

 

正しい筆使いの習得方法2

 一画一画、毎回筆をきれいに墨池や硯で整えていたら、筆使いの間違いを自覚しにくくなります。筆がねじれて滅茶苦茶な状態になってきたら、直前の筆使いが間違っていたということが明確になったということで、むしろ喜ばしいことだと思ってください。筆がねじれすぎたり滅茶苦茶な状態になるまでは筆を整えないで書き続けるということが、間違いポイントを明確化して上達を助ける鍵となります。

 

 

2:筆の毛束が紙をしっかり捉えて、圧力がかかることが大切

 鉛筆を持つように筆を寝せ気味に持ち、さらりさらりと軽いタッチで紙をなでるような書き方をしていませんか?

 

 書道では、筆の毛束が紙をしっかり捉えて圧力がかかることが大切です。ただし、筆の毛束がどのような状態でも、とにかく筆圧を強くして書いてくださいという意味ではありません。ただ単純に筆圧を強く書けばいいだけならば簡単なのですが、そうではありません。毛束の弾力を最大限発揮させて書くことが大切、ということです。

 

 ちなみに、毛束で紙をなでるように書こうが、紙に食い込ませるようにして書こうが、結果的に黒い線を書くだけなのに、毛束の状態次第で線や字に影響があるのか?という疑問もあるかもしれません。

 

 しかし「ある」のです。一見すると同じ太さの黒い線でも、どのような状態の毛束でどのような筆さばきによって書かれた線なのかによって、線の輪郭は全く異なってきます。印象としては、重みや存在感、立体感、伸びやかさなど、美しさが違ってくるのです。書の奥深さであり、難解な技芸であることを示す一面です。

 

 

3:曲線の扱いを誤れば、愚の骨頂になるから注意!

 どの画を書く場合でも、基本的には直線的に書くことを意識し、曲線を書く場合はヘビみたいなにょろにょろした線にならないように注意しよう。

 

 私も昔は、ヘビみたいな線を書いていました。師匠の流麗な線や抑揚の妙技に魅せられて、それを真似してもずっとヘビのような線しか書けませんでした。その頃の私は、師匠の線が実はしっかりとした直線的な骨格が本質にあることを見抜けずに、その抑揚の妙技による錯覚で、単なる曲線として認識してしまったのです。ですから、曲線を書くことばかりにとらわれて、ふにゃふにゃの線ばかりになっていたのです。

 

 つまり、ポイントは、「ほんの少し」を意識することです。初心者に多い傾向は「やりすぎ」です。曲線にしようとすると極端に強烈な曲線にしてしまうのです。あくまで直線の骨組みなのを少しだけ曲げるのだという意識で書くようにしてみてください。しっかりと骨のある字へ変化します。

 

 

4:ハネは、トメの後にちょこっと顔を出す程度に!

 これも、初心者がやってしまいがちな傾向ですが、ハネの「やりすぎ」です。筆文字の美しさの大きな要素として、ハネやハライを捉えているからでしょうか、かっこいいハネを書こうとするあまり勢いをつけてガツンとかちあげるようなハネの書き方をしてしまっているのです。これも、曲線の「やりすぎ」な表現同様に、非常に醜い字、痛い字になってしまうので要注意です。基本的には、トメをした後にちょこっと顔を出すのがハネだ、くらいの意識で書くようにしてみてください。品のある字になります。

 

 

5:「点」の書き方は、「線」を書くときと同じように書く!

 「点」は、実は非常に奥が深く、書き方を体得するのが本当に難しいものです。ちょこんと筆を何気なく置いて抑えつければよいというわけではなく、かといって、深みを出そうとして無駄にぐりぐりと筆を押しつけるような真似をすれば、もはや線の軌跡は消え去り、黒い塊となるだけです。当然、醜さや下品といった印象につながります。

 

 まずはこんな認識をもってください。「点も、線を書くのと一緒」だと。点を書くときにも、始筆を書き、送筆を書き、収筆しなければいけないんだということを念頭に置いて書いてください。「線」は結構うまく書けるようになったのに、「点」の書き方は適当に筆を置くだけ、なんてことになっていませんか。「点」は、「線」が極端に短くなったものという認識に改めてみてください。そうやって書くことで、意味のあるパーツとして点の存在が確かなものとなります。字全体の印象がぐっと良くなりますよ。

 

 字全体の印象は、字のあらゆるパーツ(画)がそれぞれの役割を発揮して構成されています。軽視してもOKなパーツなど、一つも無いのです。

 

 

6:書く速さが、意外と重要

 

【練習のとき】

 いびつな線になるのを避けようとして、一気呵成にシュッと書いてしまいがちです。しかし、ゆっくりのスピードで我慢して練習することが上達のコツです。

 

 清書・本番では適度なスピードで書いてくださって結構です。一方、練習時にゆっくりのスピードで書く意義は、未開発の神経に特殊な動きを覚えこませるためです。ゆっくり書くと、神経が未開発な難しい場面では手が震えてくるかもしれませんが、それでいいのです。

 

 

【清書、いざ作品をつくるというとき】

 書く速さは、速すぎず遅すぎずが肝要。速すぎれば粗雑な線しか書けませんし、速い速度に対応させる筆のコントロールというのは簡単な技ではありません。遅すぎれば線が不安定になったり余計な滲みが出たりしますし、勢いも無くなります。

 

 ただし、要所要所では速度をぐっと落として書いたり、早めて書いたりすることは重要です。

 

 例えば、直線的で勢いや力強さを出したい箇所では、スピードを少し上げてみてください。通常の2倍くらいの速度が適当でしょうか。筆に蓄える墨量が適量であればきれいなカスレが現れて、線の勢いや力強さを表現することができます。

 

 逆に、折れの箇所(線が折れ曲がり方向転換する所)、ハネ、ハライの場所は粗雑に書くと、字全体の印象が一気に醜くなってしまうので、スピードを落として書いてください。ハネ、ハライというのは変化が凝縮する箇所です。難しいのは当たり前、速く書かないのは当たり前なのです。

 

 

おわりに

 お読みいただきありがとうございました。一朝一夕には上達しない毛筆書きですが、上達に役立ちそうな内容を心掛けたつもりです。筆文字の練習に、お役に立てていただければ幸いです。

 

 硬筆文字にはない筆文字特有の魅力は、文字というルールの中で、流れるような曲線や力強い直線などが複雑に織りなし生まれる迫力や存在感、温かみ、美しさです。一つ一つの文字が、筆の持ち方、筆圧、筆の動かし方、速度によって、ほぼ無限に異なる表情を見せます。これは、筆文字が単なる情報伝達の手段ではなく、芸術作品としても価値を持つ理由です。

 

 筆文字を学ぶことは、単に美しい文字を書く技術を身につけるだけでなく、日本の伝統文化への理解を深めることにもなります。筆文字は、わずかな本数の黒線の集合体であるにもかかわらず、練習を積み重ねれば、自分自身の感情や思いすら形にすることができる深遠な表現手段です。この美しく魅力的な毛筆文字の伝統を大切にし、未来に向けてその価値を高めていくような志で、私も研究を楽しみたいと思います。

 

 

 



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